![]() |
|
来てからは予想通り、日本からの実質的な距離に加え、言葉の問題、文化の壁に直面し、また、精神的にも肉体的にも過酷な仕事をする羽目となり、本当にきつかった。 でも、そんな自分の状況をどこか面白がる悪癖は抜けず、更には次のサイン(私は内なる声というようなことをなぜか信じていて、これまでもその声を頼りに色々と決めてきたので)に耳を凝らせど、なんら合図は送られてこず、半分開き直って踏ん張りつつも、漠然とわき起こってくる空虚感は募り、そんな寂しさを紛らわす為に、時間を見つけてはネットの世界に逃げ込んだ。そして、自分が求めることが何かわからないままに、片っ端からネット検索をするうち、隣の国でJICAから派遣され、特別支援学級の先生をやっている、という人のウェブサイトに行き当たった。 興味を持って読んでみると、それは乾いていた心にすーっと水が染み渡るような、真摯かつ透明な文章だった。一気に魅了されて、早速持ち主にメールを打ってみた。 ”隣の国に住んで、映像関係の仕事をしてます。Sさんのやってらっしゃること すごく興味があります。お目に掛かれる機会があればいいなと願ってます。” しばらくして返事がきた。 ”いつでも、遊びに来て下さい。子供達にも是非会ってあげて下さい。” 陸続きのお隣の国に、同胞者で、こんな立派な活動をやっている人がいる。心が仄かに暖かくなった。いつか本当に彼女を尋ねてみたい。貧しい国でハンディキャップを負いながらも、頑張っている子供達と会ったら、きっと元気が漲ってくるだろうな。 それから間もなく、急な依頼があって、この国に撮影に行く事になった。 ”突然ですが、撮影の仕事で急遽ベリーズにお邪魔することになりました。撮影の詳細は下記の通りです。現地の地理が全くわかりませんが、見学できそうな場所と時間のご都合があえば、是非見学にいらして下さい。” その後は、バタバタと用意をまとめ、撮影現場にかけつけた。 7カ国から集められた総勢100名のスタッフに200名以上の現地のエキストラが加わって、小さな村は、突如大きな映画村と仕立て上げられていた。 そして一旦撮影が始まると、灼熱の太陽と泥にまみれ、長時間労働からくる脱水症状と戦いながら、日が沈むまでに予定したカットを撮り終わらなければならないというプレッシャー。 そんな張りつめた現場に突如として舞い降りたのが、当時9歳の、体に軽い障害を持つ一人の男の子だった。 撮影初日終了後。我々によって消費された、無容赦に捨てられた大量のペットボトルを無視して帰ることができず、重い体を引きずりながら、その、気の遠くなりそうな数のボトルを一本、また一本と拾う。 他のスタッフが自分の仕事を終え、皆足早にホテルへと戻って行く中で、誰も頼る事はできない。心を鬼にしつつ、通り過ぎる車を避けながら、一人ごみを拾っていると、ふいに、Tシャツの袂をひっぱる手がある。 振り返った時に出会った、彼の満面の笑顔・・。 スタッフを乗せた車がヒステリックにその凸凹の道をスピードをあげて通り過ぎていく中で、そこに私と彼だけが静止し、お互いの顔を見つめ合っていた。夕日が彼の顔に反射して、黄金色に輝いていた。 彼にペットボトルを差し出された時、胸を強く押される衝撃を覚えた。 彼は不思議な魅力の持ち主だった。 翌朝現場に入ると、彼はもうそこにいて、両手を上げながら、仕事中のスタッフの胸にストンと入っていっては、彼らの度肝を抜いた。 何故なら、彼にHug(ハグ)された誰もが、次々に心を奪われていったから。 彼は時にはメガホンをかついでディレクターの後ろを歩き、時には重たい機材を持って私たちの後をついてきた。ある時には、子供らしく大人の腕にぶら下がってはしゃぎ、誰かがあげたのだろう、お菓子を片手に、私を見つけると顔をくしゃくしゃにしながらやってきて、分けてくれようとする。そのうちに、誰からともなく、彼が厳しい生活環境の中で生きているということを聞き知った。 その後撮影は順調に進み、いよいよ彼との別れの日が近づいてきたある日、相棒に”相談があるんだけど。”と切り出された。 察しはついていたけれど、私は素直に同意できなかった。 確かに彼は特別な子で、助けが必要なことはわかっている。 だけど、軽々しい気持ち、その場限りの感情で、人の人生に踏み入り、逆に傷つけるようなことだけはしたくなかった。ましてや相手は小さな子供なのだ。裕福とはほど遠い私たちに、一体何が出来るというのだろう?支援途中で資金が尽きて、中途半端な形で放り出してしまうことになったら? ”でも、このままストリートチルドレンとして生き延びたとしても、将来、どうなるんだろう?たいしたことはできないけれど、せめて彼が大人になった時、独り立ちして食べていけるよう、彼が教育を受けれる手伝いをできないものだろうか?” 突如、Sさんのことが頭に思い浮かんだ。 最初は緊張の糸が張りつめていたスタッフも、私たちが彼を支援するために、ここに残る、と周りに話したのをどこからか聞きつけて、“あの子の事聞いたよ。本当にありがとう。”とわざわざ声を掛けに来てくれた。また、撮影最終日の前夜には、スタッフ全員で集められた募金が手渡され、たくさんの人から“彼のこと、よろしくね。”とねぎらいの言葉も頂いた。 お国柄、状況はそう簡単には進まず、今も、まだ決して軌道に乗った訳ではないけれど、彼には、本当に天使がついているんじゃないかって思うことがたくさんあった。人の運命の不思議を感じた。 正直、私は人助けをするような柄じゃない。 今は遠くになってしまった海だけど・・。 でもきっと今は何か訳があって、ここにいるんだと思う。 だから今は、この瞬間を生きようと思う。 (2008.10.29) |
|